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 「来たか」
その男は開いた扉を無表情に眺めながらそっと呟いた。ここに彼らが来ることはわかっていた。彼らが何を狙っているのかも知っていた。あの男が教えてくれた。奴に任せておけば安心だ。自分ほどの男にそう思わせるだけの能力を奴は備えていた。だからこそ雇った。案じる必要など、無い。
 「よぉ。その剣、返してもらうぜ」
自分が抱きかかえている剣を指差して、暗赤色の髪の男が不敵な笑みを浮かべている。愚かな。自分がどうなるとも知らないで。
「誰だ貴様ら」
わかっていて問う。これは時間稼ぎに過ぎない。あの男が戻ってくるまでの。侵入者を感知して部屋を出ていった男。小手調べだと言っていた。敷地の隅で火の手が上がったときも、余裕の笑みを崩さず出ていった男。あの男なら、このようなこそ泥、他愛も無いことだろう。
 男はうっすらと笑みを浮かべて、思っていた。


 「よぉ。その剣、返してもらうぜ」
扉を開けると、中年の男が一人、剣を抱えて腰掛けていた。背は低いほうだ。ぶくぶくと太っていると言うより、がっしりとした体つきの男だった。「ずんぐりむっくり」というやつである。ユリスが言うように、あまり好い印象を残さない瞳は汚く淀んでいる。髪を後ろに撫で付けて広すぎる感のある額を強調していた。顔だけは厳ついその男は無表情で来たか、と一言呟いた。
「誰だ貴様ら」
剣を抱えたまま男――グリュニー・ゲーブルはコウ等を見やる。睨み付けると言った方が正しいかもしれないが。言って、口元に厭な薄笑いを浮かべる。
「俺たちか?俺たちは…必殺仕事人だ!」
コウが胸を張って答えた。瞬間、一気に周りが引いていく。タキなどは一瞬羽ばたきを止めてしまったため、床に落ちそうになった。
『あのなー。どこの誰が必殺仕事人だ?!しかも、そんな単語、どこで覚えてきたんだよ…』
半ば以上情けなくなりながら、タキが突っ込む。ユリスも唖然として口をぽっかりと開けていた。
「どこって…本だよ。東国の昔話。面白いんだよなーアレ」
『「面白いんだよなーアレ」じゃねええ!さっさと片付けて、帰るぞ』
ばさばさとコウの顔の前で激しく羽ばたいて鴉は――タキは怒鳴った。
「そうだな。もう眠くなってきたし…」
あくまで自分のペースを崩そうとしない青年にハラハラ、イライラしながらも、すでに言葉を思いつかなくてタキは憮然とする。ユリスも先程突然の攻撃から自分の身を護ってくれた男と目の前の男が同一人物だとは思いがたく、きょとんとしている。警備兵を一撃でのしたり、信じられないほどの跳躍で門を跳び越えた男とは到底思えなかった。
「何のことだか知らんが、この剣はわしの物だ。そうだろう?ユリス?」
グリュニーが嫌らしい目つきでユリスを見つめながら言った。
「あなたに呼び捨てにされる覚えはないわ」
ユリスが冷たく言い放つ。
「返してもらうわよ。それはあなたのような人が持つべき物じゃない」
「それはできんな」
「うおわぁ?!」
グリュニーが言うやいなや、圧倒的な力がコウを襲う。すさまじい風に吹き飛ばされたように、コウは部屋の分厚い壁に叩きつけられた。瞬間、呼吸が止まる。
『コウ!』
タキがコウの元へと向かう。その時、タキもまた壁に勢いよく叩きつけられた。小さな悲鳴を上げてユリスが後ずさる。扉へと身体を寄りかからせてやっとの思いで立っているといった状態だった。コウがユリスを見上げて何とか言葉を出そうと口を開く。
「…げろ。逃げろ!今すぐ!」
言葉は上手く出てこなかったが、それでも言いたいことは伝わったと思う。実際、ユリスは弾かれたように駆けだしていた。横を見やれば、タキが床に力なく倒れていた。漆黒の羽が幾つか散っている。
「タキ…生きてっか…」
答えはない。力なく息を吐いて、何とか立ち上がる。壁を支えにして立つと、グリュニーが愉快そうに微笑んでいた。
「必殺仕事人とやらが聞いて呆れる。一体何をしにきたのだ」
可笑みを隠せないらしく、言葉に笑い声が混じっている。
「決まってる。そいつをあるべき所に戻すんだ」
「できるかな」
再びコウを突風が襲う。そのまま派手な音を立てて窓を突き抜けた。
コウは近づいてくる地面をただじっと見つめていた。

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