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 「そういや、聞いてみたかったんだけど」
コウは多少緊張した面持ちでついてくる少女に軽く振り返って声をかけた。
「タキとはどういう知り合いなんだ?」
「気になる?」
くるくるとした愛らしい瞳は闇の中でも輝いて見えた。
「まぁ、それなりに…」
指で右の頬を軽く掻きながらコウは少女を見返す。少女は秘密を共有する仲間を見つけた時のような、悪戯を悪びれずに友達に告白する時のようなそんな表情で口を開く。
「あのね――」
その時だった。
 コウはユリスを抱きかかえ横へと大きく跳んだ。そのまま地面を二、三回転がり止まる。
「ちょっと、何?」
コウの腕の中で顔を赤らめながらユリスは叫んだ。
「しっ。早速来やがった」
少女からすばやく身を離し、コウはさっきまで自分たちがいたところを振り返る。そこにはきらきらと輝く物体が地面にいくつも突き刺さっていた。
「危うく蜂の巣になるとこだったぜ」
ユリスを助け起こしながらコウは独りごちる。さすがにユリスも状況を理解したのか、その顔はうってかわって青ざめていた。
「ま、気づかれないなんて虫のいいこと考えてたわけじゃないけどな。タキの野郎、引きつけるとか言っといて何やってんだ?」
『悪かったな』
憮然とした声がコウの耳の奥に響いた。声の主はもちろん彼の相方である黒髪の少年である。
「タキか?今どこだ」
『屋敷正門前でもうすぐ火の手が上がる。そしたら恐らくはみんなそっちに引き寄せられるだろう。とりあえず、敵に見つからないようにターゲットのところまで行ってくれ』
「場所は?」
『屋敷3階。グリュニーの寝室だ。あのおっさん、大事そうに抱えてやがる』
「オーケー。じゃ、そっちに向かう」
タキに見えるはずもないだろうが、コウは軽く手を挙げて応えた。
『気をつけろよ。グリュニーの屋敷にしては警備の人間が少なすぎる…それと――』
「そうだな。金持ちのおっさんが何考えてるのかなんざ知ったこっちゃないが、充分気をつけるさ。彼女のことは安心しろ」
『……』
タキは何も応えてはこなかったが、コウにはそれが任せたと言っているように聞こえた。
「今の声、タキ君?今、どこにいるの」
「あいつは俺たちが行けないようなところまで見に行ける。誰も闇夜の鴉なんかに注意を向ける奴なんかいないだろ?お陰で、敵の人数や位置、作戦まで手にとるようにわかるって仕組みさ。俺はあいつの立てた作戦どおりに動く。今までそうやってきたんだ」
答えながらタキの言ったことを心の中で繰り返す。ターゲットは屋敷3階。人間が一人くっついている。単なる泥棒とはいかなくなったが、魔法が使えないということが別段不利になるような条件でもなかった――ただ一点を除いては。
 もちろん気がついている。警備兵が少なすぎることぐらいには。さらに言うなら、先程のあの攻撃。どうみても、普通の人間の仕業じゃない。これほどの屋敷を持つ権力者だ、ただの人間を雇うよりもより強力な力を持った者を雇い入れているに違いない。それは魔法使いか、もしくは…。
「行ってみるしかねぇな」
覚悟を決めて歩き出す。ユリスも無言で後をついてくるのが気配でわかった。

 広大な敷地内を物陰に隠れながらゆっくりと標的のある建物へと向かう。途中、周りが騒がしくなり、幾度か足音が通り過ぎる音がした。恐らくは、タキの仕掛けが作動して、屋敷のどこかから火の手でも上がったのだろう。屋敷裏側はお陰で人の気配がほとんど消え、動きやすくはなっていた。
 ようやく建物の真下に来る頃には時刻は真夜中を過ぎていた。ばさっと一つ羽音がして一羽の鴉がコウの肩に止まる。
「よぉ。誘導ご苦労様」
『当然だ。ターゲットはこの真上だ』
「きゃー、タキ君本当に変身できるんだねぇ。すっごーい」
手を口の前で合わせてユリスがはしゃぐ。そんなことできるはずもないのだろうが、コウにはタキがため息をついたように見えた。
「…魔法がつかえれば簡単なんだけどなー」
ぽりぽりと頭を掻いて、面倒くさそうにコウは言う。
『いまさら仕様のないことを言うな。行くぞ』
はいはい、とコウは着ていたジャケットのポケットから小さな円盤を取り出した。タキはコウの肩から離れ、その場で羽ばたいている。
 小さな円盤は屋敷の窓に張り付くと、きりきりと小さな音を立ててガラスを切っていった。タキが創った魔法具の一種である。ただこれは、悪用される危険性のほうが高く(というか悪用するためだけに創られたようなものだから)商品にはならない。円盤は自分の円周と同じサイズにガラスを切った後、ぽとりと窓から剥がれ落ちてコウの手の中に収まった。コウはそれを元の場所にしまいこみ、窓を開けると難なく屋敷内に侵入した。そのあとをユリス、タキが続く。そこは屋敷の一番外れの廊下だったが、毛の長い絨毯が敷き詰められていた。向こうを見れば、彫刻や高価そうな壷やらが飾られている。
『こっちだ』
それらの美術品には目もくれず、タキは二人の前を進んでいく。一定の間隔ごとに灯がともされていた。
 これだけの明かりを用意するとなると、一体どれほどの金額が必要なのかコウには見当もつかない。人々が夜、光を得るには、月か焔かまたは魔法に頼るしかない。屋敷の明かりは明らかに魔法によるものだった。光を生み出す魔法。それは決して難しいものではなかったが、安易に手に入るような代物でもなかった。
 見事な装飾が施された階段を上がっていくと、大きな扉が待ち構えていた。初めてここに来た人間でもわかる。ここがこの屋敷の主の部屋だと。三人はお互いに顔を見合わせて一呼吸をおくと、ゆっくりと扉を開いた。

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