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第1章 1 

 雲が流れている。青い空と白い雲のコントラストは、すでに春が通り過ぎたことを告げていた。雲を運ぶ穏やかな風も、空を渡る鳥も、すべてがいつもと変わらない日常の風景だった。
 空を見上げれば雲。
 そんな当たり前のことを、ひどく退屈だと思うようになったのはいつ頃からだったろう。雨の日や風の日があったとしても、それは本当に一時のことで、全体的に見れば、何の変哲もない平凡な日々。
 はぁっ、とひとつため息をつく。わかってはいるが、物足りなさを感じずにはいられない。

 那智はいつものように空を眺めていた。休み時間、なんだか教室にはいづらくて、彼女はいつも一人屋上へ出る。短い髪が初夏の風にかすかに揺れる。別に反抗的になっている訳ではなかったけれども、教師が見れば彼女の日常での態度は ――彼女の制服は確かに着崩れていて、大人はそういうもので人を判断することが少なからずある―― 少しは眉をひそめるような様子ではあった。 
 はぁ。
 もうひとつため息をつく。口元には心なし不満げな色が浮かぶ。それは誰に対してというものではなく、しいて言うならば、この生活に対してのものだった。
 平凡。
 その一言は彼女にとっては苦痛以外の何者でもなかった。将来の夢とか希望とか、クラスメートのほとんどはおぼろげながらも何がしかの形を持って、その実現に向かっている。そういったものが、彼女にはなかった。
 学校を卒業して、就職して、結婚して、そしていつか死ぬ。どんな職業に就くとか、そういったものはすべてこの範囲内での選択でしかない。結局、大まかな人生の流れは、人間大差ない。そう思う。だからこそ、それが厭だった。

 彼女は自分というものの平凡さに、辟易していた。というよりも、これは自分の本来あるべき姿ではないと思っていた。もっと違う何かがこの世界にはあって、それこそが自分の自分としての存在を確かなものにしてくれる、自分の居場所であると、漠然と感じていた。

「あー、やっぱりここにいた」
 屋上と校舎をつなぐ唯一の扉が音を立てて開いた。もうずいぶんと使っていないのか、初めてここに来た時にはすっかり錆びついていた扉は、いまだに悲鳴とも思えるような奇妙な音を立てる。そんな扉がまた悲鳴を上げながら閉るのを、那智は無表情に眺めていた。
 声をかけてきたのはよく見知った少年だった。くるくると面白そうに光を湛える黒い瞳、高校生の割にはそんなに高いともいえない身長は那智のそれより幾分高い程度だ。高校に入って、なぜかこの少年だけは自分の周りに頻繁に出没するようになっていた。何かと那智の周りをくっついて歩く様子は、さながら子犬と飼い主の図によく似ていた。しかし、那智が、それを不快だと感じたことはなかった。
 少年は那智とは対照的に教師たちの目からは模範的な生徒として映っていた。襟元まできちんと締められたネクタイ、つやのある黒髪、授業のときだけかけられる眼鏡にまで、彼を「優等生」然とさせる、演出が施されていた。
 那智が彼の姿を「演出」だと思うのは――もちろん、彼は「演出」などとは思っていないらしいが、「だってそのほうが都合がいいんだもん」という彼の言を聞けばかえって厄介なのではないかとも思う―― 彼が実は教師たちが思うような「優等生」ではないことを、知っていたからだった。
「屋上は立ち入り禁止だよ?何度言ったらわかるのさ、扉の張り紙見えるでしょ?」
 ネクタイを緩めながら少年は笑顔で言った。その表情を見れば、人目でそれが本気で言ったことではないとわかるような、そんな悪戯を楽しんでいる子供のような瞳をしていた。
「張り紙?ああ、あの落書き。汚すぎて読めなかったわ。大体、扉のあるところが立ち入り禁止なわけないでしょ、誰かが立ち入るために扉はあるんだから…」
 なんだか無茶苦茶な論理のような気もするが…と少年は思わないでもなかったが、それもそうかもね、と彼女の意見に素直に同意する。
「ところで葵こそ何しに来たの?ここは立ち入り禁止なんでしょう?」
 那智が屋上の手すりに背をもたれさせて、少年のほうを向いた。少年――葵もまた、手すりまで歩み寄ってくると両腕を乗せるようにして体重を手すりに預けた。
「僕は那智の行くところならどんな所でもついていくの。言ったでしょう?」
「ま、そんなことはどうでもいいけど」
「え~、どうでもいいの?ひどいなぁ」
 あははは、と笑う葵が、那智の言葉を本気にしている訳も無く。もちろん、那智も本気で言っている訳ではない、二人はよく、このような言葉遊びを繰り返していた。
「何考えてたの?」
「別に、大したことじゃないけど。なんとなく、お迎えがこないかな―って」
「お姫様、お迎えに上がりました。我々と一緒に城へ来て頂けますか?」
 葵が大仰な仕草でお辞儀をする。左手を背に回して、右手を大きく振り下げる、今時どんな演劇でもやらないような、そんなお辞儀だった。
「やだ」
 深深と頭を下げる葵に、那智は即返答した。
「お姫様とか、そういうのは嫌だ…」
「じゃあどういうのがいい?」
 姿勢は変えぬまま、顔だけを那智の方へ向けて葵が尋ねる。その姿はかなり滑稽だったが、那智もまた知らぬ顔をして言葉を紡いだ。
「…そうだなぁ、勇者とか。世界を救う勇者がいいな。他の誰でもない、自分だけが世界を救える、そんな勇者。ある日突然迎えが来て、『魔王を倒してくれ』とか言われて、伝説の剣をもって旅に出る。そういうのがいいかも」
「ああ、『この世界のために』ってやつ?那智は強いから、きっとできるよ」
 葵が笑って言った。世界を救う勇者。彼の瞳に勇者となった自分の姿が映っているような気がした。

 実年齢よりかなり幼い会話でも、葵とならば楽しかった。それでも、現実を離れられるわけではない。こういった会話を繰り返すたびに、そのことを身にしみて感じさせられた。
「…『誰かのために』ってのは嘘だと思う。それって全部自分のためなんだよ。自己満足。誰かのためになってると思うことで、自分が満足したいんだ、だから、誰かのために、ってのは嘘で、結局自分のためにしか人間って動けないんだ。自分のために、って言ったらものすごくエゴの塊みたいで、周りからの視線も痛いでしょ、それじゃ、自分が辛いから、『誰かのためにやってるんだよ』って言い訳してるんだよ。それなら、『誰かのためにこんなにがんばれる自分ってなんて偉いんだろう、すごいんだろう』って自分の中で満足できるから」
「…つまり?」
「…つまり、そういう嘘はつきたくないな、って。それってすごく卑怯なことだと思うんだ。ほんとは自分のためなんだから、それならそうと堂々と言って生きていきたいなぁ…っていうか…」
 言葉の最後のほうは自分でもうまく表現することができなかった。
 世界は自分の望んだようにはならない。それは誰もが知っていることだ。望まない世界で生きていくしかない。望んだ通りの世界を作ることなど、きっと誰にもできないことだ。
 那智はそれを自覚していた。それがたとえ「平凡」と名のつく「退屈」な日々だったとしても、それをかえる力は自分には無い。「他の誰でもない特別な存在」になることなど、ありえないことだった。葵との言葉遊びの後には、いつも虚しさが残る。葵との会話がどれほど楽しく、その中で自分の理想の世界を目の前に築き上げようとも、それは蜃気楼のように霧散する。葵との会話はその繰り返しだった。

「だから那智ってだ~い好き!」
 那智の思考を断ち切ったのは、葵の――それは度々あることだったが ――突拍子もない発言だった。突然抱きつかれれば、さすがにうろたえる。那智の絶望にも似た思考はどこかに消し飛んでしまった。
「ちょっ、突然何すんのよ!」
 飛びつきじゃれつく葵を那智は手で制した。そんなことで簡単にやめるような葵ではないことはよくわかっていたけれど。
「え~なんでぇ?だって僕、前から那智のこと好きだって言ってるじゃん」
 当然のことのように言う葵に自然と脱力感を覚える。
「…もういい。今日は帰る…」
 手をひらひらと振って、降参のポーズを取った後、那智はきしむ扉へと歩き始めた。
「え、帰るって、まだ午後の授業残ってるよ?」
 葵がとことことついてくる。
「いや、なんかやる気なくしたから。別に大した授業ないし…」
「じゃぁ、僕もいっしょに帰ろ~っと」
「だめ。あんたは学校にいなさい。って言うか、もともとあんたとは家が逆方向でしょ。そもそもなんであんたと帰んなきゃいけないのよ」
「そんな~」
 鼻から抜けるような声を出して、葵がだだっこの真似をする。
「とにかく、そういうことだから。じゃ明日ね」
 葵を遮るように屋上の扉を勢いよく閉めた。反動で、かろうじてついていた張り紙 ――立ち入り禁止と書いてあった――がひらひらと床に落ちた。
「行っちゃった…」
 妙に間延びのする口調で葵は閉じられた扉を見つめていた。

 空だけがただ青かった。

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