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―ずいぶんと細いな。しっかり飯食ってるのか?―



冗談なのか本気なのかわからないけど、前に藤田さんが言ってた言葉。



あたしはケラケラと笑っていた気がする。







でもその芯が折れちゃいそうなのは、



その心が砕けちゃいそうなのは、藤田さんの方だよ。


それくらいに繊細で脆いモノにどう触れたらいいのか、





あたしはどんどんわからなくなってきた。






だから、嫌だけど、



藤田さんがこれから言う全ては理解しようと思う。








・・・それがどんな結果になるとしても。








それが二人にとっての最善な方法ならば。













イイに決まってる。














それがあたしの頭の中でできた結論、




・・・・だったはず。


























  二人のはじまり another story        Compensation 7**
































「ほら、・・・」



差し出されたオフホワイトのマグカップ。


あたしが藤田さんの家に持ち込んだ一番最初の私物。


「ありがとう」

今は、その白ささえも憎い。





ソファーに膝を折って座るあたしと少し距離を作って藤田さんが浅めに腰掛ける。


言葉を重ね合わすコトもなく、


ただリズムを刻む無機質な時計の音だけがやけに響く。


手元に渡されたミルクココアの入ったマグカップがじんわりと手の平を温める。








ぎくしゃくした空気。






前はなかった二人の間の僅かな空間がすかすかして、



二人でいるのに寒くて寂しくなる。



全くの他人といるみたいで、



居心地がすごく悪くて、







泣きそうになりながら、耐えるのに必死だった。










辛いのはあたしだけじゃない。


あたし以上に藤田さんは辛い思いをしているはずなんだから。







「なぁ、美弥」


そう口を開いたのは、他でもなく藤田さんだった。



「な、に?」


どう話していいのか、何を伝えていいのかわからず、たった一言にさえ強張る。



「美弥はどうしたかった?」


そのまま泡になって消えちゃいそうな細くて弱い声。



けどあたしの耳には随分とクリアに入ってくる。

真剣な表情で、目元が寂しそうで泣いちゃいそうに儚い。






「ゴメン、な。今更聞くべきじゃないよな」





自嘲気味に息と一緒に漏れる僅かな笑い声。


『ごめん』、その謝罪の言葉が何度、藤田さんの口から紡がれたかわからない。






あの日から何度も。


「俺が頼りないから、俺がしっかりさえしてればこんなコトにならなかったのに」










自責。











それだけが今、藤田さんの思考回路を支配している。


あの日からあたしのコトなんか全く責めず。





どうして、どうして。







「あたしのコトは責めないの?」














藤田さんがあんなに望んでくれた、守ろうとしてくれた、



赤ちゃんを殺しちゃうコトを望んだのはあたしだよ?









怒ってよ。


軽蔑してよ。












「・・・・責められないから、」


一度くわえかけた煙草をケースに戻した。








「美弥を責める権利も、ましてや幸せにする権利も・・・・ない」






傷口が広がり始める。











「・・美弥、・・・・このまま俺と一緒にいてもいいのか?」






何を言っているのか、わかっていた結末と言えど簡単に飲み込めなかった。






頭の中の軋んだ歯車。



歪んだ思考回路。










そして、飲み込めたあと、あたしは藤田さんにしばらく何も言えなかった。



「俺と一緒にいるよりも、その方が美弥が幸せになれるから」



ねぇ、藤田さん。






「・・・」


その“幸せ”の尺度は一体何処にあるの?










「このままだと俺は、唯、お前を傷つける存在でしかない」



「やだ・・・」



ようやく口から漏れた言葉。



一度、溢れる感情は抑えられない。


会話が全く噛み合わない。





別れを切り出した・・・・・もう決心しているんだろうと思われる藤田さん。


と、



それを拒んでいるあたし。











心を強く保つようにしていたその壁が一気に崩れていく。





もう当にからっぽのはずの子宮が、あの子が悲鳴を上げている、そんな気がした。










“痛い、痛い”って














覚悟出来てるなんてカッコいいコト言ったクセにできてない。




最初は唯、一回りも年上の大人のヒトと付き合うコトに一種のステータスみたいなコトを何処かで考えていたのかもしれない。


けど、ホントは、今はその存在が










何よりも大切なんだって、





どうして何もかもたくさん失ってから気付いたんだろう。




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