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あの岬の先へは行ってはいけないよ。
行けばきっと
魔物に喰われてしまうから…――



魔物の棲む土地




聞こえるのは、潮騒の絶え間なく繰り返す単調な旋律。
見えるのは、どこまでも続く水平線と、その視界の隅にひっそりと佇む岬。
浜辺に打ち寄せる波が、小さな足跡をさらっていく。


 

住み慣れた地を離れてから、もう、幾日が過ぎたのかわからなくなった。
少年は星空を見上げながら、ふと旅に出た朝を思い返す。
行ってみたいと思ったのは、
浜辺に小さな舟が流れ着いたから。
誰も乗っていないその舟は、
嵐にやられたのか、帆は破れ、潮の流れのままに、さながら幽霊船のごとく漂っていた。
ゆっくりと、やがて、浜辺に乗り上げたそれは、そのまま力尽きるようにその身体を傾いだ。


少年がその舟を見つけたのは、嵐の後の澄み切った朝だった。
いつものように一人浜辺を歩いていると、見たこともないモノがポツンとそこにある。
近寄ってみても、ぴくりとも動かない。
「ねぇ、どこから来たの?」
それは当然答えるはずもなく、ただ、波が少年と舟の足元に打ち寄せては引いていく。
しばらく問答を続けて、ひとつの結論に達した少年は言葉を発するのをやめた。
潮騒を聞きながら、遠い記憶に思いをはせる。

あの岬の先へは行ってはいけないよ。
行けばきっと
魔物に喰われてしまうから…――

節くれだった細い手が、岬の向こうを指してこう言った。
口元に薄く笑みを浮かべてそう言ったのは、誰だったのか。
独りになって久しいが、その人はどこからともなく現れて、
そして言ったのだ。
あの岬の先へは行ってはいけない、と。
魔物というのが何なのか、少年は知りもしなかったが、ただただ恐ろしくて、
その晩は眠れなかったことを覚えている。

「…君、ひょっとして、岬の向こうから来たんじゃない?」
相手が自分の疑問を満足させてはくれないことを承知しながら、少年は問い掛けた。
返事を期待してなどいなかったが、なんとなくそれが真実のような気がした。

それは、直感と呼ぶもの。
それは、衝動と呼ぶもの。

この世界には、自分の知らない世界がある。
行ってはいけないと、あの人が言った、その地からはるばるこちらへやって来た存在がある。
いつも絶え間なく繰り返す潮騒と、青い空。
白い浜辺と小さな足跡。
鳥や魚と戯れる日々。
独り星空を見上げて眠りにつく夜。
自分の日常とは違う世界が、岬の向こうにはある。

行ってみたいと思った。
ただ無性に飛び出したかった。
まだ見ぬ世界があるというのなら、行って見てみたい。
嵐にもまれ、ぼろぼろになってもたどり着いたこの舟のように。
どのくらいかかるのか、見当もつかなかったが、
腹の底から沸き上がるどうしようもない気持ちを、抑えることなど出来なかった。

あの岬の先へは行ってはいけないよ。
行けばきっと
魔物に喰われてしまうから…――

一瞬掠めた言葉は、遠い岬に砕ける白波のように、一瞬で掻き消えた。




旅は決して楽なものではなかったが、辛く苦しいものでもなかった。
海岸沿いをのんびりと歩きながら、慣れ親しんだ景色と寸分違わぬ風景を眺めて、夜は星の下で眠る。
しばしば少年の前に現れる小さな生き物たちとともに、
まだ見ぬ世界へと旅をするのは、ひどくわくわくしたし、
朝日が昇るごとに少しずつ岬が近づいてくるのが嬉しかった。
まだ見ぬ地に思いを馳せ、様々に想像をめぐらせてみる。

岬の向こうにはどんな人が住んでいるのだろう。
浜辺にあったようなものをまた見られるかしら。
誰かに会ったら、きっとこう言うのだ。

岬の向こうから来ました。
僕とお友達になってくれませんか――

独りでの暮らしに慣れたとはいえ、
もしも、もしも誰かが自分と友達になってくれるのなら、
それは素晴らしいことの様に思える。
朝日に囀る鳥たちや、波間を行く魚たちとは違う、誰か。
会ってみたい。
強くそう思った。



歩き続けて、ようやく岬が少年の視界の大半を占めるようになった頃、
再び嵐が訪れた。
少年の短い髪を、砕けた波と激しい雨が洗う。
強い風に身体を吹き飛ばされそうになりながら、少年はそれでも歩き続けた。

もうすぐ。
もうすぐ、岬にたどり着く。
この岬さえ越えれば、
まだ見ぬ世界が待っている。

どこか風雨をしのげる場所で、
嵐をやり過ごそうなどという考えは少年にはなかった。
岬を目の前にして、待つことなどできない。
足元を波が強く打ち付け、強風にさらされ、
少年の足取りはおぼつかない。
打つような雨から守るように腕を顔の前に翳して、
目を細く開ける。
景色はいつものような輝きを失くし、
重たくのしかかる灰色の雲が、まるで夜のように世界を覆っていた。

少年が動かし続けていた足を止め、ふと息をついた時だった。
今までにないほどの大波が、少年を身体ごと海へと引きずりこんだ。
 叫ぶ間もなかった。
一瞬自分が今まで歩いてきた道を見たような気がしたが、
そこで少年の意識は途絶えた。




「――…ぶ? …丈夫?」
声を――言葉を聞いた気がして、少年は目を開けた。
空は眩しいほどに晴れていて、少年の目を刺す。
眩暈を覚えて再び瞳を閉じた少年に、そっと触れる小さな手があった。
手は遠慮がちに少年の身体を揺する。
うっすらと目を開けて、少年はその姿を認めた。
自分とはずいぶんと違う。
手の主が少年を覗き込むように太陽を背にしていたから、
その表情はよくわからなかったけれど、
透けるような金の髪と、浜辺のように白い肌は、
少年が持つそれらとは趣を異にしていた。

少年の肌は褐色。
髪は深翠。

「どこから来たの? 大丈夫?」
遠い日に自分が浜辺で尋ねたように、
小さな手の主は少年に話しかける。
懐かしくて、笑みが零れた。
あの時少年は何の言葉も貰えなかったけれど、
自分は言葉を返すことができる。
身体の節々が少しだけ痛かったが、ゆっくりと身体を起こして、
目の前の人物を見つめ返した。
青い瞳が印象的だった。

「嵐が…」
「流されてきたの? おうちはどこ?」
「…岬の――」

「チュンラー? チュンラ、どこにいるの?」
少年の言葉を遮る様に、甲高い声が響く。
「あ、お母さん! ちょっと待ってて、今大人の人を呼んでくる」
言い置いてチュンラは立ち上がった。
少年の瞳が走り出すチュンラの背を追う。
そよ風が彼女の長い髪をふわふわと揺らして駆けていく。
自分の身体から仄かに潮の臭いがして顔をしかめた。
なんだかそんな自分が可笑しかった。




チュンラとその母親に助けられて数日、
少年はチュンラの父について海へ漁に出るようになっていた。
チュンラたちは少年にとても親切だったし、
特にチュンラの父は少年を息子のように可愛がった。
この日も夕暮れ近くまで一緒に海に出、
まずまずの釣果で帰宅し、ささやかな食卓を囲んだ。
「みんながね、一緒に遊びたいって」
チュンラが楽しそうに話す。
村の子供達の間では、嵐で流れ着いた少年の噂でもちきりらしい。
チュンラは少しだけ得意そうに話す。
「私の家にいるって言ったの。そしたら、一緒に遊ぼうって」
「いいんじゃないか?明日は漁に出るのは休んで、チュンラと一緒に遊んでくるといい」
「そうね。たまには同じ年頃の子と遊ぶのもいいわね」
両親共に愛娘の言葉に微笑んで頷く。
少年は明日のことを思って胸がときめいた。

「ところで――」
話しかけたのはチュンラの母であった。
「あなた、一体どこから来たの? 親御さんが心配しているんじゃない?」
ずっと聞きたかった事を、今思い切って聞いている――彼女の顔にはその色がありありと表れていた。
少年は旅の途中、常に思い描いていた言葉を口にした。
練習どおり上手に言えた、と思った。

岬の向こうから来ました。
僕とお友達になってもらえませんか?

一瞬3人の顔が凍りつく。
しかし、その空気を無理にでも破るように、
チュンラたち3人は笑った。
「あら、やだ。冗談が上手いんだから」
「そうよ、私達、最初から友達じゃない」
「そうだな。もちろん、友達だとも」
「え、あの…冗談じゃ・・・」
少年の言葉を遮るように、チュンラたちは話題を変える。
奇妙な空気を抱えたまま、その日少年は眠りについた。

少年は知らない。
夜中、小さなランプの灯に揺れながら、
家族が恐怖に震えていた事など。
小さな囁きと、恐怖の眼差しが少年を捉えていた事など。




朝、少年が目覚めた時には、家族の姿は無かった。
不思議に思って、家の外へ出る。
外は相変わらずの晴天だった。
潮風が少年の翠の髪を梳いていく。
漁に出たのかもしれない――
深く深呼吸して、舟が停めてある港まで歩き出そうとした時、
後頭部に鋭い衝撃が走った。
痛みに手を当てると、赤い液体が指先を染めていた。
振り返ると、そこには村人達が手に手に鋤や鍬、棒を持って立っていた。
中には弓矢を少年に向けている者もいる。

「・・・あの・・・」
「お前か。岬の向こうから来たってぇガキは」
「え?」
「ナムラをどこへやった!? まさかもう喰っちまったんじゃないだろうな!」
話が見えない。
解るのは、村人達がひどく気色ばんでいることだけ。
村人達の中にチュンラたち親子もいるのが目に入った。
少年がこちらを見ていることに気づき、慌てて目をそらす。
チュンラは母親のスカートの裾をぎゅっと握って、
半ば隠れるようにして少年を見ていた。
「あの・・・」
一歩踏み出そうとしたとたん、また石が投げつけられる。
「近寄るんじゃねぇ!」
村人達の幾人かは今にも逃げ出したいといわんばかりに恐怖に顔を引きつらせている。
「化け物が」
誰かが呟いた。
「早く殺してよ!じゃないと、こっちが殺されてしまうわ!」
誰かが叫ぶ。
「そうだ!やっちまえ!!」
少年は恐怖に体を強張らせた。
何か、自分には解らない話が繰り広げられている。
けれども、人々の憎しみが自分に向けられているのだけは解った。


走って走って、少年は逃げる。
背後には怒りと憎しみ、恐怖に顔を歪めた村人達が追ってくる。
気持ち悪い――
声が聞こえた。
あの肌の色、まるで土のようじゃない――
見て、あの髪。ヒトの持つ色じゃないわ――
あの瞳の色をご覧よ。血のようじゃないか――
あれはきっと、ヒトを喰ったからだ――
ヒトの血に染まったからだ――
岬の向こうには魔物が棲むんですって――
嵐で流されたナムラの舟は、岬の向こうへ流れていったそうよ――
喰われちまったんだ――
あいつに――
あいつに――
あの子どもに――
あの、化け物に!!――


泣きたくなった。
やっと、彼らがなぜ自分を追うのか、理解できた気がした。
けれど、それは真実ではない。
少年は確かに舟を見たけれども、そこには誰もいなかった。
少年は確かに彼らとは容姿が違うけれども、化け物などでは決して無い。
逃げて、逃げて、
肩に受けた矢傷からは、深紅の血が流れ出している。
この流れる血でさえも、彼らとは違うというのか。
本当のことを言いたいという気持ちと、言っても無駄だという諦めの念が
少年の心を裂く。

あの岬の先へは行ってはいけないよ。
行けばきっと
魔物に喰われてしまうから…―― 

あの話は、自分のことだったのか?
確かに岬の向こうを指差して、囁いたあの声は、
実は自分に向けられた言葉だったのか?

大きくはない村なのに、
迷宮に迷い込んだように、逃げ出せない。
今では村人の全てが自分を憎んでいるように思える。
逃げ出せない。
受ける傷は多く、深くなっていく。
人々の顔が歪んで見える。
少年は逃げる。
恐怖が心を蝕んでいくのを感じながら。
憎しみがうっすらと染み入っていくのを感じながら。
逃げ続ける。
逃げ続ける――



――岬の向こうには、魔物が棲むという――



Fin.

 
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