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「ほら、さっさと浴びて来い」
首根っこを捕まえられ、浴室にほうり込まれたのは部屋に入った直後だった。
「え、ちょっと、藤田さ―――」
藤田さんだってびしょ濡れなのにいいんですか? そう言おうとしたのに、閉じられたドアがやけに虚しい。
ドアに凭れながらため息を一つ。
――どういう風の吹き回しだろうか。
投げやりでそれでいて不器用な思いやりである。
それも随分と急に、だ。
滅多なコトでは他人に興味のある仕種なんて見せないのに、おかしいコトもある。
―ごめんね、椎名ちゃん。藤田は自分の気分次第でどうにでも動く奴だから―
この仕事に就いたばかりの時、先輩である男が言っていた科白を思い出す。
めぐみは咳払いで殺しかけた苦笑をごまかした。
土砂降りの中を走り回って吹き出た汗と雨が身体に衣服を張り付かせる。なんともいえない気持ち悪さ。
布地をつまむようにしながら衣服を脱ぎ始める。
服を脱いだ瞬間一気に冷感が身体を支配する。軽く身震いをする。
――こんなに冷えていたんだ。
当の本人もまるで気付かなかったぐらいに。
コックを勢いよく捻る。
シャワーの床を打つ音が聞こえてきたのを確認して、藤田はとりあえず、もう一つ用途として借りた隣の物品庫の扉に手をかけた。
室内は薄暗く、木であつらえた天井までの高い棚がある程度の間隔で通路を作りながら一定に並び、中には日常生活用品や宿泊客用のアメニティといった類が置かれている。
その部屋の一番奥に田中二郎は座っていた。
彼の左手は棚の支柱の一つと手錠で繋がれた格好となっている。
「なぁ、ニイサン。もう、逃げたりしねぇからコレ外してくれねぇか?」
ガチッと金属のぶつかる特有の音を鳴らし、左腕を軽く上げ、手首を数度回す。
目は相変わらずギラギラとしていて、やや黄色みを帯びた歯を剥き出しに笑っていた。
「ンなの、誰が保証できる」
(彼にとってはいつもと変わらないことだが)冷たくその言葉を流し、窓をわずかに開ける。
空は変わらず厚い雲に覆われ、雨を降らせている。
わずかに湿気ってしまった煙草を口に咥え、火をつけ、一度煙を肺に溜め込むと言葉もなく、煙草をわずかにひしゃげたケースごと田中二郎に差し出す。
「へへっ、悪ィな」
その中から一本つまむと、同様に咥えライターを借りた。煙を十分に溜めると、「いい趣味じゃねぇか。悪くない」と呟いた。
雨が降るとどうしても湿度が高くなりやすく、周りは熱を帯びた少しかび臭い空気が立ち込める。
煙草の灰を落とすように軽く指で叩くと同時に藤田が小さなくしゃみをする。
だいぶ冷えているのか。
「ニイサンも寒いんじゃねぇか? 1時間も雨ン中だったろ?」
それをきっかけに話し始めたのは田中二郎のほうであった。
「…誰の所為だと思っている」
こいつに脅し口調は通じない。そう感覚で捉え、なるべく感情の表出のない無機質な声で受け答える。
言葉だけは本気で。
「あんたも人を寄せ付けたがらない見かけよりは意外とイイヤツなんだな。あのネエチャンを先に温めてやってんだから」
一瞬、藤田の顔を見て、続ける。
「でも、あんだけのイイ女だ。きっと職場にはあのネエチャンに憧れる男も多いだろ?」
「・・・だろうな」
何か仕掛けて来るつもりというのが解り、藤田は二つ返事でその場をやり過ごそうとする。
「あんたも多そうだけど、ネエチャンも多いんじゃねぇの? 夜のお誘い」
「―――」
藤田は特になんと答えるわけでもなく、無言でアスファルトの土台が剥き出しのままの床に灰を落とす。
「・・・ニイサン、あのネエチャンに惚れてるだろ?」
人差し指と中指で短くなった煙草を挟むようにして持ち、無精ひげの生えた顎を撫で回す。何かを楽しんでいる、そんな面持ちで藤田の口から出る次の言葉を期待している。
「根拠のない言い草だな」
藤田の返答はこうだった。短く笑い、いつもより少し長めに時間をとり、フィルターを口に含む。
額に張り付いたままの前髪をかき上げ、田中二郎を見下ろす。
「確かに根拠はねぇさ。が、確証はある」
にたりと、その言葉がまさに形容するに相応しい笑みが暗がりでもはっきりわかった。
「ほざけ」
目を逸らし、素知らぬふりをして、水気を含んだスーツから袖を抜いた。
中のワイシャツまで見事に肌に張り付くほど濡れている。
「想像以上に濡れてるンじゃないか」
「・・・・・」
その間、藤田は全く無言であった。
「あのネエチャンのことが気になって仕方ないくせに」
少なからず視界には田中二郎の姿があるにも関わらず。
「黙って、指咥えて機会を窺うようなタマじゃねぇだろ? あ?」
いかにもその言葉は藤田の神経を逆撫でしようとしているのが見え見えで、逆に言ってしまえば藤田がその言葉にのるとは田中二郎自身思ってはいないようである。
「どうだか」
藤田が二本目の煙草を口にした。
田中二郎は言葉を続けるのを一旦止め、これ以上口を割らないであろう藤田の表情を暫く見、時折笑った。
「あの、・・藤田さん? シャワーどうぞ」
そうドア越しに聞こえたのは、15分後。
田中二郎のほうに一度も振り返ることなく、服を持ち、藤田はその部屋をあとにした。
「何、話していたんですか?」
「ただの世間話だ」
それ以上の会話は田中二郎の耳には聞こえなかった。次に聞こえたのはドアの閉まる音。
「さぁ、今夜はあのネエチャンの喘ぎが聞こえるんだろうか。それとも明日の朝、頬を腫らしたニイサンが見れるのか」
そう田中二郎が呟いたのは誰も知らない。
首根っこを捕まえられ、浴室にほうり込まれたのは部屋に入った直後だった。
「え、ちょっと、藤田さ―――」
藤田さんだってびしょ濡れなのにいいんですか? そう言おうとしたのに、閉じられたドアがやけに虚しい。
ドアに凭れながらため息を一つ。
――どういう風の吹き回しだろうか。
投げやりでそれでいて不器用な思いやりである。
それも随分と急に、だ。
滅多なコトでは他人に興味のある仕種なんて見せないのに、おかしいコトもある。
―ごめんね、椎名ちゃん。藤田は自分の気分次第でどうにでも動く奴だから―
この仕事に就いたばかりの時、先輩である男が言っていた科白を思い出す。
めぐみは咳払いで殺しかけた苦笑をごまかした。
土砂降りの中を走り回って吹き出た汗と雨が身体に衣服を張り付かせる。なんともいえない気持ち悪さ。
布地をつまむようにしながら衣服を脱ぎ始める。
服を脱いだ瞬間一気に冷感が身体を支配する。軽く身震いをする。
――こんなに冷えていたんだ。
当の本人もまるで気付かなかったぐらいに。
コックを勢いよく捻る。
シャワーの床を打つ音が聞こえてきたのを確認して、藤田はとりあえず、もう一つ用途として借りた隣の物品庫の扉に手をかけた。
室内は薄暗く、木であつらえた天井までの高い棚がある程度の間隔で通路を作りながら一定に並び、中には日常生活用品や宿泊客用のアメニティといった類が置かれている。
その部屋の一番奥に田中二郎は座っていた。
彼の左手は棚の支柱の一つと手錠で繋がれた格好となっている。
「なぁ、ニイサン。もう、逃げたりしねぇからコレ外してくれねぇか?」
ガチッと金属のぶつかる特有の音を鳴らし、左腕を軽く上げ、手首を数度回す。
目は相変わらずギラギラとしていて、やや黄色みを帯びた歯を剥き出しに笑っていた。
「ンなの、誰が保証できる」
(彼にとってはいつもと変わらないことだが)冷たくその言葉を流し、窓をわずかに開ける。
空は変わらず厚い雲に覆われ、雨を降らせている。
わずかに湿気ってしまった煙草を口に咥え、火をつけ、一度煙を肺に溜め込むと言葉もなく、煙草をわずかにひしゃげたケースごと田中二郎に差し出す。
「へへっ、悪ィな」
その中から一本つまむと、同様に咥えライターを借りた。煙を十分に溜めると、「いい趣味じゃねぇか。悪くない」と呟いた。
雨が降るとどうしても湿度が高くなりやすく、周りは熱を帯びた少しかび臭い空気が立ち込める。
煙草の灰を落とすように軽く指で叩くと同時に藤田が小さなくしゃみをする。
だいぶ冷えているのか。
「ニイサンも寒いんじゃねぇか? 1時間も雨ン中だったろ?」
それをきっかけに話し始めたのは田中二郎のほうであった。
「…誰の所為だと思っている」
こいつに脅し口調は通じない。そう感覚で捉え、なるべく感情の表出のない無機質な声で受け答える。
言葉だけは本気で。
「あんたも人を寄せ付けたがらない見かけよりは意外とイイヤツなんだな。あのネエチャンを先に温めてやってんだから」
一瞬、藤田の顔を見て、続ける。
「でも、あんだけのイイ女だ。きっと職場にはあのネエチャンに憧れる男も多いだろ?」
「・・・だろうな」
何か仕掛けて来るつもりというのが解り、藤田は二つ返事でその場をやり過ごそうとする。
「あんたも多そうだけど、ネエチャンも多いんじゃねぇの? 夜のお誘い」
「―――」
藤田は特になんと答えるわけでもなく、無言でアスファルトの土台が剥き出しのままの床に灰を落とす。
「・・・ニイサン、あのネエチャンに惚れてるだろ?」
人差し指と中指で短くなった煙草を挟むようにして持ち、無精ひげの生えた顎を撫で回す。何かを楽しんでいる、そんな面持ちで藤田の口から出る次の言葉を期待している。
「根拠のない言い草だな」
藤田の返答はこうだった。短く笑い、いつもより少し長めに時間をとり、フィルターを口に含む。
額に張り付いたままの前髪をかき上げ、田中二郎を見下ろす。
「確かに根拠はねぇさ。が、確証はある」
にたりと、その言葉がまさに形容するに相応しい笑みが暗がりでもはっきりわかった。
「ほざけ」
目を逸らし、素知らぬふりをして、水気を含んだスーツから袖を抜いた。
中のワイシャツまで見事に肌に張り付くほど濡れている。
「想像以上に濡れてるンじゃないか」
「・・・・・」
その間、藤田は全く無言であった。
「あのネエチャンのことが気になって仕方ないくせに」
少なからず視界には田中二郎の姿があるにも関わらず。
「黙って、指咥えて機会を窺うようなタマじゃねぇだろ? あ?」
いかにもその言葉は藤田の神経を逆撫でしようとしているのが見え見えで、逆に言ってしまえば藤田がその言葉にのるとは田中二郎自身思ってはいないようである。
「どうだか」
藤田が二本目の煙草を口にした。
田中二郎は言葉を続けるのを一旦止め、これ以上口を割らないであろう藤田の表情を暫く見、時折笑った。
「あの、・・藤田さん? シャワーどうぞ」
そうドア越しに聞こえたのは、15分後。
田中二郎のほうに一度も振り返ることなく、服を持ち、藤田はその部屋をあとにした。
「何、話していたんですか?」
「ただの世間話だ」
それ以上の会話は田中二郎の耳には聞こえなかった。次に聞こえたのはドアの閉まる音。
「さぁ、今夜はあのネエチャンの喘ぎが聞こえるんだろうか。それとも明日の朝、頬を腫らしたニイサンが見れるのか」
そう田中二郎が呟いたのは誰も知らない。
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