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 「本っ当にむかつく、あの男ーっっ!」
その日の夜、とある居酒屋でめぐみは高杉に、愚痴ばかりをこぼしながら、酒を飲んでいた。めぐみは、酒には強いほうなのだが、今日は、とても酔っているようだった。
「し…椎名さん、そんな、人がいるところで…」
高杉は、一応未成年だ。水の入ったコップを前に、かなり出来上がってきているめぐみにおろおろしている。
「なあんで哲、あんたが怒らないワケ?あいつに言われっぱなしだったのはあんたでしょー」
めぐみは、酒に酔うと人が変わる。高杉のことも、いつもと違って下の名前の“哲”と呼ぶようになる。
「酔ってますね…椎名さん…」
高杉は、これまでにも何度か、めぐみと一緒に飲みにきているが、今日ほど酔っているめぐみを見るのは初めてだった。
「椎名ちゃん、今日はずいぶんと泥酔いしてるねー」
居酒屋の店長も苦笑いして言う。
「そおーんなことないよー、てんちょー。らいじょうぶ、らいじょうぶ」
めぐみはすでに、ろれつがまわらない。
「ところで、兄ちゃんは飲まないのかい?」
店長は高杉に聞いた。いつも水の入ったコップを手にしている高杉が気になるらしい。言いながら、手にはビール瓶を持っている。今にも高杉のコップに注ごうかという店長に高杉は両手を押さえるように前に出し言った。
「あ、あの僕、まだ一応未成年なんで…。お酒はちょっと…」
高杉はこういう場所でも気が弱い。
「まあまあ、そうかたいこと言わずに…」
店長はそう言って、高杉に酒を勧める。
「そおよー高杉ー。十九歳も二十歳も同じようなもんよー」
めぐみもそう言って店長に同調する。思いっきり自分の立場を忘れているようだ。
「そ…そうですけど…でも…」
気弱な高杉は二人に押されっぱなしだ。
「…あの、お取り込み中悪いけど、隣、いいかしら?」
高杉がついに酒を飲まされそうになった時、めぐみの隣の席に一人の女がやって来た。
「あ、いらっしゃい」
店長は少しだけばつが悪そうにしながら、笑顔で女に声をかける。少しばかりはしゃぎすぎて、女が店に入ってきたのに気が付かなかったことを多少は気にしているらしい。
「・・・隣、空いてます?」
同じことを再び繰り返す。めぐみが酔ったままどうぞ、とだけ言った。めぐみの隣に座っている高杉が意味もなく会釈した。


 人間の美的感覚には多少の差異はあるとしても、女は恐らく出逢った人間の9割以上が「美しい」と思う程度には整った容姿の持ち主だった。長い黒髪はまっすぐに背中まで届き、きつそうな大きな瞳は恐ろしくさえある。唇は鮮やかな紅で彩られ、整えられた爪も同じ色で飾られていた。はっきり言って、仕事帰りのサラリーマンや酒癖の悪いどこかの警部が部下を連れてやってくるような居酒屋には不釣合いの女だった。
――綺麗な人だな…。
高杉は目の前に現れた美女に対して素直な感想を心の中で呟いた。いつもそばにいるめぐみとはまた違った美しさ。寒気を覚えるような、そんな雰囲気をまとっている。
女は席に着くとおもむろに煙草を取り出し、それを軽く口にくわえて火をつけた。一瞬先端が赤く光り、そして落ち着いた炎の色へと変化する。すぅーっと煙を吐き出した。昇っていく煙とともに女の視線も上へと向かっていったが、彼女は灰皿の上で煙草の火をぎゅっと揉み消した。その様子に気がついた店長は彼女に聞いた。
「あの、お客さん、どうかしましたか?」
「いえ、ちょっと。この子達、どうやらこれ、苦手みたいだから…」
そう言って彼女は煙草を吸う真似をして見せた。その隣で、めぐみたちが軽く咳き込んでいる。特にめぐみは、酒に酔った上にきつい煙草の煙で気分が悪いらしい。
「椎名さん、もう、帰りましょうか…?」
高杉は、めぐみを気遣ってそう言った。
「ありゃー、ひどいな、椎名ちゃん。兄ちゃん、今日の分はつけにしといてやるから早く帰してあげてやってよ。椎名ちゃん、ちゃんと帰るんだよ。いいね」
店長も、いまだに咳き込んでいるめぐみを心配そうに見ながら言った。
「…うん…そーする…」
めぐみはふらふらと立ち上がって出口へ向かう。高杉ももう一度店長に挨拶してからめぐみの後を追って居酒屋を出て行った。
「ふふ…面白い子達ね…」
さっきから二人の様子を見ていた彼女はそう呟いて二人の出て行ったのれんの向こうを見ていた。そして、また、煙草に火をつけて、白い煙を上へと昇らせる。
 しばらくして、彼女もまた店を出て行った。


 もしも、めぐみが酔っていなかったら。
 もしも、高杉がもう少し注意深く相手を見ていたら。


  物語は違う展開をみせたのかもしれない。

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