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扉を開けると父の側近であった男は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。汚い手段で奪い取った剣を抱えて。身体がかっと熱くなる。怒りの感情が自分を支配しているのを確かに感じながら、少女は自らの手で剣を取り戻すべく戦いを始めた。
「それは、あなたが持つべきものではない!」
グリュニーに駆け寄りながらユリスは叫んだ。グリュニーは、一瞬ひるんだような表情をみせたがすぐに口元に嘲笑を浮かべて応えた。
「お前のような小娘が持つべきものでもないと思うがね」
「うるさいっっ!」
叫んで拳を突き出す。自分の腕力で大の男を倒せるとは思っていなかったが、多少のダメージは与えられるはずだった。
「くっ」
すんでのところでかわされる。そのまま蹴りの姿勢へと持ち込むがそれも避けられた。
「まったく、お転婆なお嬢さんだ。お父上も悲しまれるだろうなぁ。お可哀想に」
大仰に言って、笑う。いちいち、虫唾の走るような仕草をする男だ。
「…まさか、あの若さで亡くなられるとはなぁ。惜しいことをした…」
くつくつと喉の奥で笑いながら続ける。
「父を笑うな。あなたのような人が語っていいような方ではない」
振り上げた拳を下ろして、唸るようにユリスは言う。
「剣を返せ。そうすれば、それ以上のことはしない」
「笑わせるな」
言って、グリュニーは懐から細長い筒のようなものを取り出した。黒光りするそれはまっすぐに少女に向けられている。
――魔法具。
どのような効果をもたらすものか知らないが、自分にとってそれがいい結果をもたらさないことだけはわかった。
「死んでもらう。君の父上のように」
にやりと笑って、グリュニーが黒い筒先の照準を少女の額へと合わせた時だった。
ばさっ。
黒い影がグリュニーの顔を覆う。
「う、うわぁぁぁ!」
影を追い払おうともがいた時、魔法具が発動した。筒先から黒い鉛球が飛び出す。鉛球は天井へとめり込んで静かになった。
「…タキ…君」
影の正体は漆黒の鳥だった。鴉。
『今だ!早く剣を!』
声が聞こえた。聞こえないはずの声が。とにかく、いまだに黒い影と戦っている男の後頭部に近くの椅子で一撃を食らわせる。うぐっ、と喉の奥から漏れるような声とともに、グリュニーは前へ倒れこんだ。グリュニーの腕の中から剣を取り戻す。幼い頃父の部屋で見た、その頃とまったく変わらない剣の姿がそこにあった。
白い玉砂利が自分の靴底を刺激する感覚を感じながら、コウは走った。目の前にはロードと名乗る長身痩躯、長髪の男が構えることもせず立っている。コウはぐっと自分の拳を引き寄せる。
――鳩尾に一発。そのまま膝蹴り、身体が折れ曲がったところを顔面に二発。
攻撃のイメージを築き上げながらさらに一歩踏み込む。コウには確認したいことがあった。
ロードに近づくほど、彼が何もしていないのではないということがわかった。ぶつぶつと口の中で何かを唱えている。その様子を見てコウの予想は確信に変わった。
「くらえっ」
叫びながら拳を突き出す。イメージどおり、痩せた男の鳩尾に。
「――…の風よ、光となりて彼の者を射抜け!」
躊躇なく拳を突き出してくるコウを嘲笑うかのように、ロードは叫んだ。瞬間ロードがかざした手から無数の光の糸がコウへ向けて放たれる。
どっごぉおおおおおん。
爆発音とともに中庭に白煙が立ち込める。
「くっくっくくくく…」
もうもうと立ち込める煙の中、ロードは高く笑い声を上げた。自分に歯向かってきた青年の姿は見えない。
「口ほどにもない…」
あっけないほど簡単に付いた勝負に、いささか不満を感じたが、自分の力の程には満足を覚えていた。
「そうでもないぜ」
声は真上から聞こえてきた。驚愕に顔をゆがめてロードは頭上へと視線を向ける。
「何?!」
見上げると、コウが中庭にせり出したバルコニーの手すりにぶら下がっていた。
「やっぱ、思ったとおりだったな。あんた――」
「コーウ!剣は取り戻したわ!」
ぼろぼろに破壊された寝室の窓から、ユリスが両手に剣を掲げて叫んでいた。すぐ横にはタキもいる。タキのことだ、グリュニーは縛られているか、完全に気絶でもしているのだろう。
「コウ!この剣を使って!この剣の力を使えばきっと勝てるわ!」
「ちっ。させるか」
ロードの舌打ちが聞こえる。コウはこちらに笑顔で手を振っている少女に向かって叫んだ。
「あぶねぇ!逃げろっ!」
ほとんど同時に、光の塊が少女のいたあたりで爆発する。中庭に悲鳴が響き渡った。
「ユリス!」
『大丈夫だ』
タキが声を届けてくる。よく見ると、薄青の光が少女と剣を包んでいた。跡形もなく破壊された窓から、ゆっくりと光の玉が降りてくる。
『さっき渡しといた。守護具が発動したんだ』
グリュニーの屋敷へ潜入する前、タキがユリスに渡したもの。それが、この守護具だった。持ち主の意思に関係なく、持ち主が危険に陥った時に発動する。タキが創る魔法具の中でも、最も簡単な仕組みのものだった。
『それよりも、そいつ…』
コウのもとへと羽ばたきながら、タキが続ける。
『魔法使いか?』
「いんや。こいつは――魔術士だ。だろ?」
地面へと音もなく着地して、コウはロードに視線を戻す。
「ほう。私を知っているのか」
「…あんたを知ってるんじゃない。ある男を知ってるだけだ。そいつも魔術士だった」
「はっはっはは…。驚いたか。この男は百の警備兵にも、魔法使いにも匹敵する力がある。この男がいる限り、お前たちに剣は渡さん!」
「げ」
『しぶといな。生きてたのか』
ユリスとタキが同時に声を上げる。瓦礫と化したグリュニーの寝室からヘロヘロになったグリュニーが顔を出している。
「そのとーり!私にお任せ下さい。このようなこそ泥ども、私の魔術にかかれば――」
「それはどうかな?」
コウはそう言って、ユリスのもとへと駆け寄る。ユリスは取り戻した剣をコウに手渡した。
イモートゥル・プロスペリティ。
近くで見ると、見事な細工の施されている剣だった。鞘は深紅。金の模様が彫り込まれている。柄の部分にはよく見ると、細かく文字が刻まれていた。
『古代語だな。神話の一節か?』
気がつけば、タキがコウの肩に止まっている。細身の剣だが、ずっしりと重かった。
手に取った瞬間から、魔法が身体に流れ込んでくるのがわかる。満ちてくる感覚をコウは心地よく味わっていた。
――なるほど、魔剣か。
笑んで、ロードの方へと向き直る。ロードは焦りの色を隠そうともせず、立ち尽くしていた。
「さぁ、決着と行こうか」
不敵に笑って、剣を抜く――。
「あり?ぬ、抜け…抜けない?」
コウの手の中にある剣は、いくら力を入れても、鞘から抜き放たれることはなかった。その様子を見て、ロードは高笑いをする。
「あーはっはっはっは。なるほど、最高の剣だな。抜けない魔剣など、恐るるに足りん!」
「えー、なんでぇ?」
相変わらず、魔法が体内を満たしていくのを感じながらコウは、悲鳴じみた声を上げる。
「とどめだ!」
再び光が三人を襲う。爆風と光線があたりを包み込んだ。三人の姿が煙の中に消えいく。ロードは今度こそ勝ったと満足げに微笑んだ。
「――魔術士ごときが、なめるんじゃねぇ…」
「ん?」
爆風がやみ、辺りがまた元の姿に戻ろうとしたとき、ロードの耳にそう言って、毒づく声が聞こえた。目を凝らす。薄青の膜がドームのように、三人を包んでいた。
「な…まだ魔法具があったのか?」
そうだとしても、さっきの威力をあの程度の魔法具が完全に防ぎきれるはずがない。
「はずれ~。てめぇの魔術なんざ、俺には通用しねえんだよ!」
空気の中に溶け込むように薄青の膜が消え、そこから、自信に満ちた表情の青年が立ち上がる。暗赤色の髪。闇夜に映えて、輝きを増しているようにも見える。
「本物の魔法ってヤツを見せてやるよ」
コウはそう言って、一歩を踏み出した。