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 どこからか、かすかに白梅香の香りがする。そう思いながらめぐみはゆっくりと目を開けた。頭が少しぼうっとして、なんだか記憶が途切れている。
「ここはどこっ!」
めぐみはつい叫んでしまった。

 めぐみのいたのはどこかの一角。見慣れない和室だった。明らかに自分の部屋ではないこの部屋で、めぐみは布団にくるまって寝ていたのだ。時計を見ると午前六時を回ったばかり。めぐみは一生懸命昨日のことを思い出そうとしたのだが、どう頑張っても居酒屋に入ったところで記憶が途切れてしまう。昨夜、よっぽど飲んだのか、ひどい頭痛と吐き気がした。とりあえず、自分のいる場所と、自分がここにいる訳を調べようとしたその時、
「あ、椎名さん起きた?」
そう言って、シャツにズボンを着た高杉が、タオルで頭を乾かしながら部屋に入ってきた。
――どういうわけで、あたしが高杉といるんだ…?
昨夜、署を出た後、藤田に散々馬鹿にされた高杉が可哀想で飲みに行こうと誘って居酒屋に入ったところまでは覚えているが、やっぱりその後が思い出せない。
「あれ、もしかして昨日のこと覚えてない?」
高杉の問いに素直に頷く。記憶が無いのだからしょうがない。
「昨日椎名さんったら急に…」
そう言った高杉の頬がほんのりと紅く染まった。
「急に?何よ」
めぐみは高杉に問いただそうとしたが、高杉は、
「い…いえ、何でもないです。言ったら怒りそうだから…」
そう答える。
「それ、どういう意味よおー高杉」
少しばかり睨むようにして詰め寄ってみたが高杉は無言。めぐみも仕方なく高杉から聞き出すのは一旦諦めることにする。
「まあ、それはあとで聞くとして、とりあえずこの部屋から出ようか」
「そうですね」
そう二人が立ち上がろうとした時、
「おや、哲、帰ってたのかい。なんだか騒々しいねぇ」
と、着物を着た老婆が部屋に入ってきた。老婆は、めぐみを頭のてっぺんから足の先までなめるように見ながら、高杉にこう続けた。
「おやまあ、ずいぶんな別嬪さんやねぇ。哲、あんたのこれかい?」
老婆は悪戯っぽく小指を立ててみせる。めぐみは、この老婆が何者なのか知りたかった。しかし、それは、高杉に聞く前に分った。なぜなら、高杉が老婆の言葉に赤面しながらこう言ったからだ。
「おばあちゃん、違うって。この人は僕の先輩で、椎名めぐみさん」
――そうか、この人は高杉のお祖母ちゃんだったのか…。
めぐみは一人で納得していた。よく見てみれば、どことなく似ている。考えている途中で、めぐみはまだ老婆に挨拶をしていないことに気が付いた。老婆と高杉がこっちを見ているのだ。
「は、はじめまして。椎名めぐみです。高杉君のお祖母さんだったんですね、どうも、お邪魔してます!」
めぐみは焦って敬礼をした。それを見て老婆は思わず吹き出す。高杉も隣で笑いをこらえている。めぐみは真っ赤になった。一方、高杉はめぐみの意外な一面を見れたような気がして少し新鮮な気分だった。老婆も笑うのをやめて、めぐみに言う。
「そうかい、哲の先輩ということはあの警部さんだね。哲から、あんたの話をいつも聞かされてますよ。どうぞ、これからもよろしくお願いします。…でも気いつけてくださいよ。哲ももうじき二十歳になりますし、この頃は色々と盛んな時期ですし、もし、夜酔いつぶれてここに連れて来られたのならなおさら気いつけなされ。この子、一見ぽーっとしているように見えますけど、やっぱり男だからねぇ。何したか、まったくわからんなー。ほっほっほ…」
老婆は年に似合わない高笑いをした。
「お、お祖母ちゃんそんなこと言ってないで、椎名さんにお茶だしてあげて」
高杉は真っ赤になりながら、祖母を部屋の外へと押しやりつつ言った。
「はいはい」
老婆はもう少し話をしたい様子だったが、仕方なく部屋を出て行く。

 めぐみはただ呆然としてそこに立っていた。隣では、高杉が、顔を真っ赤にしている。
「あの…椎名さん…言っときますけど…」
と、高杉はうつむいたまま続ける。
「何もしてませんからね…お祖母ちゃんの考えてるようなことは…」
どうやら、めぐみが、老婆の言葉を真に受けて自分のことを誤解していると思ったようだ。
「ああ、わかってるって。そろそろ帰るよ。あ、そうだ、さっきの“急に…”の続き、教えなさい」
めぐみは思い出したように言った。高杉は、一瞬頬を紅くしたが、すぐ、元に戻って話し始めた。
「ああ、あれはですね…。実は椎名さん、昨日、ものすごーい大きな声で、演歌を歌いだしたんでっすよ。しかも道のど真ん中に座り込んで…。道行く人はみんな見てるし…僕、ものすごく恥ずかしかったんですからね」
「ふーん。そうだったのか…ってえええー?!」

へいへいほー――

夢の中で聞いた叫びを思い出す。

めぐみの絶叫は、部屋中にこだました。

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