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妊娠8週目…





最初は何かのドッキリだと思った。


けどすぐに事実を実感させられた。



白黒のエコーのなかの小さな嚢。


その中で規則的に動くまだ小さな、でもしっかり生きてる証を示す心臓。







・・・12月の第1週目


でもそれ以上に、今まで感じたことのないくらいに今年は寒く感じる。
















  二人のはじまり another story        Compensation 1**















昨日の夜、藤田さんに同意書に名前書いてもらった。



いつもなら動くことのない肩が小さく震えていた。


だから、余計にその顔を見ることなんてあたしにはできなかった。









パパに野次られるより、



ママに慰められるより、




病院で冷たい目で見られた時より、






何よりもその光景を見ることが一番、辛かった。






何度か聞いたコトあったのに。


藤田さんは「家族」って存在にすごく憧れているって。



付き合い始めた頃、冗談で。


『藤田さんの赤ちゃん、欲しいな』


って、あたし自身笑ってたのに。




その時は純粋に藤田さんの赤ちゃんが欲しいって、


この人の喜ぶ顔が見たいって、



思ってたのに。





その夢を壊しちゃったんだ。







藤田さん本人に書いてもらわなくてもあたしが偽造すれば良かったのに。


妊娠したことも伝えないで、勝手に堕ろして


いつもみたいに藤田さんの前に行くコトもできたのに。






どうしてあたしは藤田さんを悩ますんだろ。


悲しませるんだろ。





手術は4日後の土曜日。


そんな日、一生来て欲しくないはずなのに、どうしてこんなことになったんだろう。




でも、悪いのはあたしなんだ。











「おはよ」


顔に笑顔を貼付ける。


「あ、美弥オハヨっ!」


周りは当たり前だけど何の変化もない。





始業ベルの鳴る前の教室は。


いつもとまったく変わりなくグループで固まって、


「キャハハハ、美弥も早くおいでよ」


あたしもいつものように笑い声の中に馴染む。




輪の中心の机に広げられていた雑誌。





「・・・・・・」




寒気がした。




嫌だ。


見たくない。







「美弥?」



こんな時に限って直視できないよ。





暗い気分の時くらい笑いたいのに、運、悪すぎる。



よりによってさ、







「避妊って、アタシまともにしないよ」

「危険日はさすがにゴムつけるけどね、めんどいし」

「ナカにさえ出さなきゃ大丈夫でしょ」




『10代の恋とエッチ』についての特集ページ




皆が好き勝手に言って笑う。






聞きたくない。






悪いのは皆じゃない。



あたしだ。


ホントはあたしだって、笑いたいのに。


こんな状況下で笑えるわけもなく、反対に涙が出そ。






「美弥、顔真っ青。体調悪い?」


歩があたしを気遣う。





「保健室、行ってくるね」


逃げるように教室を出てた。




胃の辺りがまたきりきりと痛み出す。


でも、それ以上に痛いのは違うとこ。









誰も知らないから、相談できる人もいないよ。


妊娠のコト。


避妊は、藤田さんがあたしよりもしっかりしてくれてた。



10才も離れてて、唯でさえパパがイイ顔しないから、

少しでも信頼して欲しいから。





真面目に付き合ってるコト認めて欲しいからって。







1ヵ月半前のあの1回だけ。


その頃は、あたしが何もかもが覚えたてで、





『1回くらい、忘れたぐらいで妊娠なんてしないよ』





友達がそう言ってたから、嘘の迷信に振り回された。


友達のせいなんてのはただの言い訳で、




『でも、そんなのわからないだろ?』




藤田さんは当たり前だけど、よくわかっていた、どうすれば妊娠するかなんて。


だから、毎回避妊してくれてた。




それが、あたしへの愛情の現れであることも知ってた。





『・・・・しないかもしれないもん』


それなのに、あたしはへんな意地を張ってでも、

皆とおんなじでいたい、流行に似た感覚。






・・でも、結果がコレ。




確かに軽はずみだったよ。


けど、神様は理不尽で、差別だよ。


均等にしてよ。


愛情の深さも悲しみの深さもなにもかも。






「体調悪いから、少し横になってもいい?」


保健室のベッドに横になっても心が休まるわけじゃなくって、


自分への不甲斐なさが積もって、


赤ちゃんがいるために起きる正直な身体の反応が起こるだけ。




「野坂さん・・・・・?」


保健室のセンセイは何となく感づいてる。


あたしの身体が「普通」じゃないコト。


「病院、行った?」

黙って頷くしかない。

それしか今のあたしには許されない。


「・・・そう」


頭を撫でられて我慢してた涙が、零れる。





あたしは、これからどうしたらいいんだろ。


色とりどりのペンで手紙を書きながら授業を聞いても、


放課後、皆と渋谷に行って服を買ったり、プリクラ撮っても、


面白くない。

全然、笑えない。







一番嫌いなのは家での夜ご飯と人ゴミ。



ご飯の匂いを嗅いだだけで、


産まないのに、そう決めたのに、




赤ちゃんはそんなあたしの気持ちも知らないし、

必死で生きようとするから、




つわりが起きるし、


ママと二人きりでテーブルを囲んでも、


あたしが洗面所に駆け込むたび、




ママが目を伏せる。





人ゴミはそれ以上に、残酷。


いろんな匂いに身体が敏感になってるし、




お腹の大きな妊婦さんや、


小さな宝物を抱いたように幸せそうなママが


嫌だけど目に入ってしまう。






一人でいると、


寂しくて冷たくて、誰かにすがりたいけど、




「こちらは留守番電話サービスに接続しております――」




何度、いつ電話しても聞こえるのは機械の音。


いつも抱きしめてくれる人には、会えない。






この代償はあまりに大きすぎる。






「藤田さんに…、会いたいよ」



涙は枯れることなくて、とめどなく溢れる。












手術は、明日。




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