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-龍神伝説-
プロローグ
「見つけた、間違いない。これが伝説を記した古文書…」
男は左手に古文書の解読書を、右手に懐中電灯を持って言った。
「そうだったのか…。ここが、あの……だったのか」
男はかすかに微笑むと、その古文書を背中のリュックに大切に入れた。
ここはある山の中。地図にすら載らないような廃村に男はやって来た。
今まで自分が調べて作成した手書きの地図だけが頼りだった。
男は少しだけ自信があった。己の研究は恐らく間違ってはいない、必ずそれを証明して見せる、と。
村は、そこだけ別世界のように感じられた。
時の流れに取り残された…とはよく言ったものだ。本当にその場所は、今とはまったく別の次元にあるような、そんな存在感があった。
研究によれば、この村は明治初期、突然廃れてしまったらしい。
にもかかわらず、今も生活が営まれているかのような風景に、男――和泉敬太は息を飲んだ。
「なんなんだここは…」
思いながらも歩を進める和泉の脳裏には、愛しい娘の姿があった。
「りゅうじんでんせつーぅ?」
瞳を大きく見開きながら少女は自分をひざの上に座らせて微笑んでいる父を見上げて聞き
返した。
「そうだよ、悠貴。お父さんの調べてる文献にね、こんな文章があったんだ。――遥か悠久の昔より、秋津の地に神ありて、その神、龍の姿にありけり。彼ら貴く、また唯一の力にて民を統治せん――ってね」
「??はるかゆうき…?なに?」
「はは、まだ悠貴には難しいよ。つまり、悠久の貴さで悠貴っていうんだ」
「へぇー。今も龍神さんはいるの?」
「さあ?それを調べるのがお父さんの仕事なのさ」
「お父さんてすごいんだね―」
「そうでもないさ。知らないことを知りたくて、この仕事をやってるんだから…」
娘を抱いた眼鏡の奥の瞳が、優しく微笑んだ。
「・・・そうでもないさ」
和泉はそう呟いた。明治時代に廃れたはずの――当然、人の気配のない――なのに、まったくその当時のままにたたずむ村を彼は訪れていた。
時の流れから取り残された村――その名を龍居といった。和泉がこの村に来たのは、ある調査のためだった。
彼は、大学で、民衆に古くから伝わる伝説、伝承の研究者だった。古い伝説、特に龍神に関係のある伝説に関する研究をしていた。
この国には各地に龍にまつわる伝説が残っている。水の龍、火の龍、風の龍…。地方によって少しずつ違うが、みな彼らを神と崇めた。それもずいぶんと昔の話だが。
人々はそんな龍神たちの伝説をまとめて、「龍神伝説」と呼んだ。彼――和泉敬太――はその龍神伝説の研究者なのである。
和泉がこの廃村に来たのは、一つのある伝説のためだった。今まで研究してきた伝説は、どれも伝説の域を出なかった。だが、その伝説は違った。伝説の内容一つ一つが、歴史の中の細かな事実と重なったのだ。それは、伝説の中の出来事が実際に現実の世界で起こった可能性を示唆している。今までになかった手ごたえを感じながら、和泉は研究に没頭した。そして、ついに伝説に登場するある土地がこの龍居だとつきとめたのだ。
調査の目的は、その伝説の核心に迫ることだった。もちろん、彼も伝説の龍神が存在するとは思っていない。しかし、これらの伝説が、決してただの伝説ではない――実際にあった事実であると――そして、この伝説が意味する事実とは何であるのかをつきとめたかった。
「見つけた…」
和泉は村の最奥にある社の中にいた。辺りはすでに闇に包まれていた。
持参した懐中電灯で前方を照らしながら奥へと進んで行く。
この社は少なくとも、彼の知っている社とは違っていた。社の中には地下へと続く階段があった。和泉は、戸惑いながらも先へ進むことを選択した。ここで引き返しては、ここまでの研究がすべて無に帰してしまう。そんな強い意思とともに階段を降りていくと、しばらくして階段が終わり、暗い通路が横へとのびていた。
「なんだ?村といい、この社といい…」
和泉は自分の感想を素直に述べた。人の気配の全くしない、地図にも載らないような廃村に、明治よりもずっと前に作られたはずの社…。地下通路さえ完璧な形で残るには人の存在が欠かせないというのに…この土地、空間すべてが、常識というものを超えていた。
歩いていくと、広間に出た。正面に、御神体だろうか――何かの像が置かれていることに気がついた。近づいて、光を当てる。その像は人の形をとっていた。光を下へとずらす。像の足元に文字が刻まれていた。
「んー?何だ?龍神王姫…?」
文字が右から刻まれているのを見なくても、その字体や彫られた跡などから、ずいぶん前に彫られたものだとわかる。
「これがこの社の御神体なのか?」
和泉は、他にも同じものがないか、辺りを包む闇に光を向けた。
――思ったより広い…――
そこは、八十畳ほどの広さがあった。はるか昔に――しかも地下深くに――こんな広さの神殿――らしきものがあるとは、いくら長年研究していた彼でも、考えもつかなかった。
いったいどんな人々が、何の目的でこの神殿をつくったのだろう?さっきの像に刻まれた、恐らく、あの像の名であろう龍神王姫という文字…。この村が、やはり龍神伝説に関係していることは間違いないだろうが、この光景は謎を増やすばかりだった。
「ん?あれは何だ…」
和泉は、入り口から一番遠いところに、この建物と同じ造りの小さな社を発見した。近づいて観察すると、それは本当に正確にこの建物全体を模写していた。
ゆっくりと扉を開く。ずいぶん古いはずのそれは、音もたてず、自らの意志で動いたかのように――スッ――と開いた。
「中に何か入ってるな…」
和泉は迷うことなく社の中に手を入れる。
彼には、得体の知れないものに対する恐怖より、研究者としての好奇心のほうが勝っていた。
触れてみる。確かな感触。そっと掴み、ゆっくりと慎重に社の中からそれを取り出した。それは…古い古い巻物だった。それでも、この村や、社と同じように、しっかりとしている。
開いてみる。ふと、その手が震えていることに気づく。気づいたところで、その手を止めようとはしない。
片手に、解読書、もう一方には今さっき発見したもの。龍神伝説の古文書ならば、この解読書で解読できるはずである。
――読める、読めるぞ…。そうか、ここがあの龍祀宮だったのか――
このときの和泉の瞳に、狂喜の光が宿っていたことを誰も知らない。
彼はこの後、消息を絶った。